« つぃったー | Main | 趙薇近況 »

南泉斬猫

 東京国立博物館で開催中の「没後400年 長谷川等伯展」に、やっと行けた。

 会期末のこの3連休は夜8時まで開場という、粋な計らい。独立行政法人になって、収入になるならという、あまりの融通の良さに便乗した。20日の昼に行ったら、1時間待ちといわれて断念していたから、情報が行き届かない夕刻に再チャレンジ。

 なにせ、等伯は大学時代にいろいろと勉強していたからねえ。

 夕刻でも人が多くて、第1室の等伯こと信春の七尾時代の仏画には、人が幾重も取り囲んで見られやしない。信春が等伯と同一人物だということがわかったのはつい最近(と、いっても30年ぐらい前か)。この展覧会は、その作品を可能な限り集めたのが目玉の一つだけど、室町期の仏画に人が群れるのは少々異常な光景。

 京都へ出た等伯は、仏画から肖像画、そして障壁画と作品を広げていくが、それは権力との結びつきでもある。それがこの展覧会の意図でもある。そして、東京国立博物館の収蔵品でもある「松林図」へと結実させていく流れになっている。

 等伯の国宝「松林図」も好きだけど、これは平常展で夏ごろに展示されるし、その方がゆっくり鑑賞できるというもの。松林にゆっくり霧が流れて、ときおり見える松の木、そして遠くにみえる雪山などは、この展覧会で何人が味わえるのだろう。

 さすがに大画面が続き、第2会場の水墨障壁画になると人が少なくなる。等伯の神髄はここにある。道釈画という仏教や道教などがテーマの作品は、話を知らないと地味で理解しずらいということもあるのだろう。

 そこに行くと、展示がないと思っていた南禅寺天授庵の「禅宗祖師図襖」が置いてある。大学生のときに天授庵の収蔵庫で見て以来だから、かれこれ25年ぶりになるかもしれない。禅宗の先達が行ったいろいろな話題をテーマになっている。そのなかに「南泉斬猫」という絵がある。

 弟子たちが寺に迷い込んだ子猫を取り合いして大騒ぎになったところに、南泉普泉和尚が場を納めるために猫を取り上げ斬り殺す直前を描いたもの。モノに執着するなと諭すために、南泉和尚の気迫こもった表情に対して、左手に持った子猫(といっても、かなり大きく描かれているが)は目が愛くるしく、まだ生への未練か動きをみせる。まわりには寺僧たちがいるはずだが、それを思い切って省略し、南泉和尚だけで場を語らせる。

 この主題は、その後も弟子らが描いているが、子猫が観念したように動きがなくなり、面白味がなくなってしまう。そこに等伯の独自性があるともいえる。中年の夫婦が、弟子たちはどこ?と話していたけど、描くべきものを描かずに省略するのが水墨画なんだよね。

 展示はろくに見られなかったけど、この天授庵「禅宗祖師図襖」と「等伯画説」がみられただけで満足してしまった。

|

« つぃったー | Main | 趙薇近況 »

「文化・芸術」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95821/47876105

Listed below are links to weblogs that reference 南泉斬猫:

« つぃったー | Main | 趙薇近況 »