18日、付き添いで病院へ行ったら、窓口にマスクが用意してあった。帰って、ドラッグストアへ行くと、すでにマスクは売り切れていた。仕方ないので、除菌用ではなく、殺菌用の濡れティッシュを購入。
除菌と殺菌の違いはわかっているよね?! 除菌はほとんど菌をなくす。殺菌は菌をすべてなくすということ。一応、業界では言葉の使い分けをしているそうだ。
石娟さんがブログを更新した。今回は精神論だから、訳すのがとてもやっかいだ。
游走于古典与现代的灵魂(2009-05-17 23:20:21)
不知你有没有过这样一种感觉,一直在思考一个问题,它时不时的就会从空寂的脑袋中蹦跳出来骚扰你一番。于是你希望找到个明确的答案,但问题却向游走的精灵般难缠,让你抓不到边际却又不能任其自生自灭的不管不想。思考从未停止,答案却在游走间飘忽。有时把你逼急了你会想去向智者求助,可是你知道,任谁也不能给你一个贴合心迹的说法,问题的本源只有在不断的自我折磨与脑神经摧残中思索与寻找。
很长一段时间我就被这样困扰着,在古典与现代的抉择与犹豫间行走,总是不能给自己一个明确而适当的出路与定位。
自幼一直被熏陶在古典的氛围当中,学习传统的演奏技法,倾听上一辈琵琶演奏家们的经典弹说,曾经的经典已经被烙印般印记在我的脑海里。对曲子的演奏和理解上表现出来的种种,当然就混合着记忆千丝万缕的痕迹。尤其是作为老师的我对于古典曲目的扎实功底是不可或缺的。
而对于现代乐曲的演奏,尤其是演奏多了古典曲目的现代改编版就会开始产生这样或那样的思索。对于这样曲目的拿捏,究竟是哪一面多一些?对于每一颗音,每一次的弹跳这种带有鲜活感的处理的自我定义在哪里?我是走古典的道路还是现代派的一员?
想了许久,看到一句话,恍然大悟。“人最难走出的是自己为自己设好的圈套。”
我并不需要自己给自己设定一个框架。
我不属于也不需要刻意的属于任何一个流派,任何一种形式,观众喜爱我,最终喜爱的并不是我的某一种曲风,我高超的演奏技巧,而是在心灵上的交汇,是我对一首曲目最本质的理解带给他们心灵上的共鸣。所以我不要把自己放在一个自己设好的框子里,不要局限于形式的表现上,我要用我心灵最真实最深刻的感受传递给大家,相信你们也一定会和我一样得以安慰与共鸣。
那么,就让我在古典与现代的缝隙间自由自在的徜徉吧!混合着古典的庄重素美,与现代音乐的清新刺激,让我用犀利的触觉与柔软的心境奏出一段属于我自己的独特旋律,来慰藉你们挑剔的耳朵吧!
石娟的博客 http://blog.sina.com.cn/s/blog_5f01a5a10100dgx7.html
伝統と現代の精神の間を泳ぐ(2009-05-17 23:20:21)
あなたがこのようなある感覚を持ったことがあるかどうかわからないが、ずっと1つの問いを考えていた、その時々に時間があれば乏しい頭の中から躍り上がってくる問題で心をかき乱されたことがあるだろうか。あなたは明確な解答を探し当てたいだろうが、しかし正解の方へ行こうとしても問題は却って堂々巡り、あなたはまだ考えているにもかかわらず正解に行き当たることができず、自然に生じ自然に消えるに任せるしかない。思考は一度も止らず、答えはかえって揺れ動き漂い動く。時にはあなたをせっかちになり、賢者へ助けを求めたいと思うこともできるだろう、しかしあなたは知っている、誰もあなたの心のうちに合う言い方ができないのも関わらず、問題の根源はただ絶えず思索と探求によって自我を苦しめ、脳神経を痛めるだけだ。
とても長い間、私はこのように悩んで、伝統と現代との選択でためらいながら行き来し、いつも自分に明確で適切な方向性と位置付けをすることができない。
幼少からずっと伝統の世界で薫陶を受け、伝統的な演奏技法を学んできた、世代の琵琶演奏家が演奏する代表作品を傾聴し、かつての名曲はすでに私の脳裏の中に烙印のように刻まれている。曲の演奏と解釈は表現できるさまざまな方法に対して、当然複雑に入り組まれた痕跡によって組み合わせている。特に師が私に対して行ったのは、伝統曲を演奏するのに不可欠である基礎的な技能の習得だった。
これに対し現代曲の演奏は、特に伝統曲目を現代的な編曲によって演奏することが多い、それゆえそれについて考え始めることになる。このような曲目の難癖をつけ、つまるところそんな一面で些細なことをどうしたいのか?一つの音ごとについて、いつもいきいきと最初の音を弾こうとするときに、自分自身でどう定義づけるか?私は伝統の道を行くかそれとも現代派の1員か?
長い間考え、一句を見るに至り、はっと悟った。“人が最も難しいのは、自分のためにわなをしかけて自分ではまることだ。
自分で枠組みを作るのに、決して自分を必要としない。
私はいかなる1つの流派に属することはしないし、どんな形式にせよ、観衆が私を好きでいてくれたらいい、最終的に好きなのはある誰かの曲風ではない、私のずば抜けた演奏技巧、心の中で混じり合い、私が1曲に対して最も本質的な理解によってみんなの心の中に共鳴させることだ。だから私は自分でひとつの枠組みの中に置くことを潔くとしない、極限で形式的な表現を必要としない、私は私の心の最も真実で最も深い感銘をみんなに順次伝えることをしたい、きっと私と同じようにあなた達の心へ響き共感してくれると信じている。
それでは、私は伝統と現代の間を自由自在に行き来することにしよう!伝統の重々しく質素な美しさを身につけ、現代音楽との清新な刺激を組み合わせ、私に鋭い触角と柔軟な気持ちでさらに演奏し私自身の独特なメロディーとすることにしよう、みんなの肥えた耳の慰めとなるように!
長いし、哲学的な思考の吐露だから難しい。それでなくても、『中国語ジャーナル』2009年6月号(通巻99号)を読んでいたら、最近の不勉強が困じて、難しくて頭が痛くなったばかり。
石娟さんは、自分の位置づけをどこに置くかでかなり悩んだという。結局は、自分で自分に不利な枠組みを作って、そこに自分を押し込めるということはやめにしようという。自由人として、伝統と現代とを自由に行き来する。確固とした伝統の上に、現代的な解釈や演奏方法を行うということだろう。
それは結局、ファンの拡大にもつながる。そして、伝統音楽の底上げ、拡大にもなるということだ。
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